■寒がりな人と不器用な人。
 

 城之内が遊戯から、千年パズルの中の遊戯があの性格をして寒がりだと聞かされたのは少し前のことだ。何かの話の弾みで遊戯が「これ内緒だよ」とくつくつ笑いながら言ったのだ。
「もう一人のボクね、ノースリーブとか着てるけどさ、結構あれやせ我慢なんだよ。誰も居ないところとかでさ、くしゃみしたり、鳥肌たった腕をごまかししたりさ、ホッカイロ揉んだりさー」
「へぇ、そりゃまた何か…意外つか納得つか、……かわいっつーか」
 似合わねぇなぁとその場は二人で大笑いして流したものの、ふとしたことでそのことを思い出すことになった。

「城之内くん、どうかしたかい?」
「え。いや、な、なんでもねぇぜッ」
「何でもない顔には見えないぜ」
 からかう様な、悪戯っぽい瞳を煌かせ、余裕をもった表情で城之内を見上げる遊戯の息は白く空気に透けていく。空は曇天だが暗いというほどではない。底冷えのする朝特有の風はひどく冷たく、城之内は首筋に入り込んだ空気を遮るように肩を竦めながら歩いた。
「何でもねぇっての」
 城之内はふいと顔をそらし、口元に力を入れた。こんな顔を普段されればつい動揺するのは自分の方だというのに、今日はそうならない。どうしてかといえば、この顔で、この表情で常に自分より精神的に余裕のありそうに見える相手が、
(これで寒がりでほんとは今だって強がってンだよなぁ)
と想像するにつけどうしたって笑いが込み上げそうになるからだ。
 新年も明け、行きつけのカード屋の福袋にレアカードが数枚入るらしいという情報をきいた遊戯が城之内に電話をかけ、二人は揃って向かうところだった。年末の極悪なシフトを幾つも同時進行でこなしていた城之内が、久々のバイトの休みに気を抜けさせ、30分近く遅れて待ち合わせ場所についてみれば、そこには遊戯のベージュのダッフルコートを着たいつもの遊戯ではないパズルの中の遊戯が立っていた。
「あ、悪ッ、遊戯…って…あれ?」
 息を切らし膝に手を当てて遊戯を見つめた城之内はそこで初めて遊戯が遊戯ではないことに気づき、言葉を止めた。
「やぁ、おはよう。ついでに明けましておめでとう、だぜ、城之内くん」
「お、おう、おめっとさん。…お前って」
「オレの方がカードサーチの当たりがいいから相棒が行ってくれってさ。オレじゃ嫌だったかい」
 心得た遊戯のこたえに城之内は軽く眉を顰め身体を起こした。
「ンなわけあるかよ。お前ってどうしてそー…まいっか。悪ィ、思いっきり寝坊しちまってよ」
 寒かったろ、と言いかけ、城之内はそこで口を止めた。つい先日の遊戯とのやり取りを思い出したのだ。とたんに目の前の平気そうな顔がやせ我慢にみえてくるからなんともおかしい。強い風にさらされていたせいだろう、遊戯の頬のあたりと鼻先が赤く染まっている。
「い、行こうぜ遊戯。間に合わなくて買えませんでしたーになったらそれこそ笑えねぇよ」
 口元を必死に押さえ、城之内は少し先に立って歩き出した。訝しげな視線を向けながら遊戯もそれに従った。


 どこから聞きつけたのか、店の前には遊戯達と同じ目的らしい少年達の列が既に出来上がっていた。店の入口はその列の最後尾からは遥か先にある。
「あちゃ、やっぱオレの寝坊が後々まで響くかよ…」
「いいってことさ。このくらいの数の福袋なら多分あるだろ。レアカードはその中の袋の10個に1個くらいの割合らしいし、早く着いたから当たるってわけじゃあない」
「お、そうだったのか? オレてっきり全部に入ってるのかと思ってたぜ。なんだそれならオッケーだな! この勘と運で生きるギャンブルデッキのオレ様と遊戯の最強サーチがあれば鬼に金棒よ!」
 ハハハーと笑い声も高く声も大きくそう言い切った城之内に、周りの少年達が驚いたように数人振り返った。遊戯は何も言わず苦笑を浮かべていたが、先の列から強い視線を感じ、その方を見た。すると「やっぱりお前らかー」という声と大柄な姿が列から抜け出してきた。
「お、お前は梶木ッ!」
「やけにでっけー声がすると思ったら、やっぱ遊戯達じゃったんかッ! お前らもここのカード目当てに並んでるおるんか?」
 冬場というのに日に焼けた豪快な梶木の腕がバンバンとひさしぶりじゃのーと言いながら城之内の肩を強く叩いた。その力にむせながらも城之内は意外そうな表情で梶木を見上げた。
「お前こそ何やってんだよ。冬場は出稼ぎか?」
「ガハハーオレだってたまには陸にあがるぜよッ! カードの強化もしたいところじゃったしのー、今日はこの店で伝説の都アトランティスを絶対ゲットしてやるんじゃッ! 遊戯ッ、そして城之内ッ! 今度対戦するときはオレの新・海デッキがお前らをコテンパンにのしてやるぜよッ」
 言いたいだけ言うと梶木はそのまま列に戻っていった。取り残された城之内と遊戯はその姿を見つめ、そうしておいてポツリと城之内が呟いた。
「…ホントあいついつでもやかましー野郎だよな」
「君といい勝負だと思うけどな」
「ッ! 遊戯おっまえなぁッ!」
 思わず言葉につまった城之内は遊戯の頭に鉄拳を落とそうとし、その顔がひどく楽しそうだったため拳を寸前で下ろした。どうにもこの遊戯には分が悪い。普段できる行動が思うように出来ない。口元を尖らせたまま城之内は黙り込んだ。
 しばらくそうして立っていると、ひどく冷えが気になった。歩いている時はさほど気にならない寒さも、ただ黙って立っているだけとなるとやけに足元から寒さがやってくる。その上この風だ。これで日差しでもでていればまだしも、曇天は冷え切った空気を更に冷たくし、風は身を切っていく。
 地団太を踏むように足を踏み鳴らし、素手の手をジャケットのポケットに突っ込んだ城之内は、そこでふと横の小さな姿を眺めた。
 首筋を出来るだけ外気に当てないように肩を竦め、いつもの彼らしくなくやや背を丸めているその主は、ほんの少し眉を顰めている。城之内のように足を踏み鳴らしたりせず、じっと立ってるものの、立てた前髪の先とポケットに突っ込んだ手の先がせわしなく動いているのが見え、城之内は思わず口元を緩めた。
「え?」
 城之内はほんの少し立っていた身体の位置をずらし、遊戯に風が直接当たらないようにした。そのことに少し遅れて気づいた遊戯が意外そうな視線を城之内に向ける。
「なんか、寒そうだからよ」
 城之内はついそう口に出してから、しまったという表情をした。その表情がまずい、と更に思ってもその時は遅い。
「あ、いや、そそのだな、なんつか、気悪くすンなよ? お、お前が実は寒がりらしーってその、あの…」
 何だ…と城之内の語尾が遊戯の強い視線の前で消えていく。ポケットから出した手で頭をかきながら、城之内は更に言葉を続けようとし、遊戯に遮られた。
「相棒からかい? そうだよな、それ以外知ってるはずがないぜ」
「お、おう」
「…そんな気にした顔しないでくれよ、城之内くん。別にオレは気にしてないぜ」
(そうはみえねぇーんだけどよ、お前のその顔)
 元からプライドが山より高いこの遊戯のことだ。どういった経緯であれ自分の弱みにも近いことを知られるのは恥と考えるに違いない。まして相手が城之内ともなれば、更に気にするに違いない、と城之内はここしばらくの実体験を振り返り心でそう呟く。
 親しければ親しい相手ほど、この遊戯は弱さを見せたがらない。もう一人の彼には別なのだろうが、城之内の前では特に強くあろうとしているように見えて仕方がないときがある。
 それが城之内にはもどかしい。距離があったときはただ憧れていれば良かったから気にならなかったものが、今は逆に隔たりに感じてしまう。
「なぁ、遊戯…」
 言いかけた城之内の言葉はそこで止まった。店が開店する音と列が動き出すその動きに、二人の会話はしばらく途切れた。


「お、これアトランティスじゃん! 梶木の野郎とれてねぇなら恩売りつけて渡すかなぁ」
 店の行列からやっと開放され、歩きがてら早速戦利品を開いていた城之内は、目当てのレアカードこそ当たらなかったものの一枚のカードを見ながらそう笑った。
「お前は? 遊戯」
 遊戯は城之内の声に無言で笑みを向けた。その手には城之内がほしいと騒いでいたキャノンソルジャーが握られている。思わず城之内は遊戯の肩を掴みぐいぐいと揺さぶった。
「ゆゆ遊戯さん、そそのカードオレに…是非ッ!」
「けどオレもクリボーでこれ使えたり、する気がするんだが」
「いやいやいやいや、気のせい気のせい気のせい! そのカードはオレにッ! 代わりにこれやるからよ、デスハムスター! な? これ生贄用にいいと思わね?」
「城之内くん、君ってほんと…」
 言葉にならず苦笑した遊戯の手からキャノンソルジャーをとっても、遊戯の咎めはなかった。サンキュな、と言い、あでもよと城之内は少し申し訳なさそうな顔をする。
「け、けどよ、お前がもしいるなら、これはうけとらねぇ、んだ、けど」
「いいさ。君がデッキを強化してその強くなった君とオレは闘いたいぜ。キャノンソルジャーはその貸しにしておくぜ」
「…おうッ」
 嬉しそうに城之内は笑い、そうしてふと黙り込んだ。何か言いたげなその表情を遊戯は無言で待った。城之内は言いたいことがあれば自分から言い出す性格だ。何がと問われれば逆に黙ることもある。
「なぁ、遊戯。あの、よ」
「ああ」
「さっきのことなんだけどよ、お前さ、…オレにさ、もっと、こー…、もっとこう砕けてみね?」
「…え?」
 城之内はだから、と口調を早めた。
「あのさ、お前が寒がりでもオレは全然いいンだよ。つか最初きいたときは笑っちまったんだけどよ、けどなんか、その方が、お前と近い気がするっつか、こー、なんつの、オレ上手くいえねぇんだけどよッ! そういうとことかもっと知りてぇんだよッ、もっとこう」
「…オレのことが知りたいっていう意味かい」
 やけに真摯な遊戯の視線に、城之内はその言外に別な意味が含まれているような気がし、思わず顔を赤らめ黙り込んだ。
「い、いやそ、そのッ! そそそーだよッ! お前がどーゆーもんが好きだとか、どーゆー趣味なのかとかどーゆー弱点があるのかとか…」
 この遊戯とあの遊戯では随分と性格も口調も異なっている。正直城之内はこの二人の存在をどう受け止めて良いのかよく分かってはいなかった。二人なのかそれとも一人なのか、そこすら城之内は深く考えたことがない。もう一人の遊戯がこの遊戯のことをもう一人のボクと呼ぶからには、おそらく二人なんだろうなというその程度の認識だったりもする。
 ただ、どちらの遊戯も好ましいと思っているから、そうしてどちらの遊戯のことも親しい友でありたいと思っているから、よりそれぞれの存在を知りたいと思うのもまた事実だった。
「どういうのが好きか、ってのは、ハッキリしてるんだけどな」
 遊戯はしばらく黙り込んだ後、小さく笑った。そうして城之内を見上げ瞳を和らげる。
「ありがとう城之内くん。そういってくれた君の心に感謝だぜ」
「お、おう……てかお前やっぱ寒がりなのかよ?」
 遊戯は無言で肩を竦めてみせた。これは肯定なのだろう。何故か遊戯が認めて居直ってしまうと、先まであれだけ立場が逆転したように思えていたのにもかかわらず、また遊戯の余裕めいた表情に城之内はかなわなくなってしまう。それはそれで何となく悔しくなり、言わなければ良かったのだろうか、と城之内は少しだけ後悔した。
 不意に遊戯が立ち止まった。つられて歩みを止めた城之内に遊戯は独特の笑みを向けた。
「城之内くん、少し身を屈めて?」
「何で」
「君にキスしたいから」
 さらりと本当に何気なく爆弾発言をするんだよな、と城之内は後々このときのことを思い出すにつけこう恨みがましく本人に愚痴るのだが、この時はそう思う余裕すら城之内にはなかった。
 息を飲み硬直したそのままで一言「…へ?」というのが精一杯だった。
「だから、…したいんだが。駄目かい?」
 駄目とかそういう問題以前に何か重大なことが欠落している、頭の片隅の声は城之内の跳ね上がった心臓音にかき消されていた。遊戯の強い視線の前で城之内はぎこちなくその身体を曲げ若干背を低くした。
「目閉じて?」
 至近距離に近づいた遊戯のおかしそうな声だけが耳に入り、城之内は言われるままに目蓋を閉じた。黒くなった視界の向こうで遊戯の冷たい指先が肌に触れるのが感じられた。そうして半開きになった口に乾いた唇が押し当てられ、すぐに離れた。
 呪縛はそこで一気にとける。
「ッ! ゆゆゆゆッ! おお前何しやがッ」
「アハハ、だってしていいって言ったのは城之内くんだぜ?」
「そそそうだけど、つか言ってねぇよッ! お前が勝手にッ」
「訂正。抵抗しなかったろ」
 耳元まで赤く染まった顔に手をあて、城之内は数歩勢い良く遊戯から飛び退った。その動きに遊戯が珍しく声を立てて笑い、その後で強い視線で城之内を見た。その視線に城之内はどうしようもなく鼓動が早くなる。訳もなく動揺したままに視線をそらし、彼は足早に歩き出した。
「城之内くん、ちょっと」
 その後を遊戯が小走りに追いかけてくる気配に気づき、城之内は更に早口になって言い捨てる。
「いいい今のは不意うちだから、しらねぇからなッ! 今のはなんでもねぇからな、あれは、あれはただのなんつか出会い頭みたいなもんでよ」
「オレにとっては出会い頭じゃないんだが…」
「ストーップ。きく耳もたねーッ!」
「だからオレは君が…」
「ノオオオオオオオオオオオオ!!」
 遊戯が何を言いたいか分かっていて城之内は絶叫した。それが嫌だとかそういうわけではなくとも、今聞いてしまったらどうこたえていいかわからない、その混乱を深めるような決定的な言葉を耳にいれたくはなかったのだ。
「ああ、あとでな、後でッ! あーとーでッ にしろッ」
 指をつきつけた後で城之内は頬が更に熱くなるような気がし、このまま走って逃げ出したいと強く思った。
 そんな彼の心を知ってか知らずか、遊戯はおかしそうに笑い、「了解」と一言呟き、ついでのように一つくしゃみをした。


END
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presented by 青山ゆり根様

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